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本朝医談
むかしの物語およむに、風の心地といへる詞あり、是は諸病の因は、風寒なりとくすしがいひたるが、世人にうつりて、凡病は風より起るものと心得たるやうに見ゆれども、斯邦に一種 かぜ( ○○) といふ症あるなり、唐土人のいふ風とは異なり、其異なる事は、治療の異なるにて知べし、栄花物語、長徳元年、関白殿御心地あしく、御風にもなどおぼして、朴などまいらすれど、おこたらせ給はず、加茂保憲女集、足曳の病やむてふほゝの皮吹寄風はあらじとぞ思ふ、是ほゝの木の皮お用て愈る病ありて、是お風といふなり、本草厚朴にいひ伝へたる主治に拘はらずこれお用て、斯邦の風といふ病はなほるなり、又病因お物の怪のやうにいへるは、仏学の世に行はれて、釈氏鬼病の説の世上に弘まりたるにあらず、総てまじなひ祈禱して本腹する症は皆鬼病なり、其外は多く飲食より起る病なり、故に唐土の古人も、病因に鬼食おいへり、〈左伝、医和曰、非鬼非食、〉