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安斎随筆
前編十三
一奇病 相摸国に ひざやらう( ○○○○○) と雲ふ病あり、予が領地かの国にある故、其事お聞けり、其病の初め、膝の辺、虫の螫す如くしくと痛みて大に腫る、腫れていたむ、捨て置けば膝ふしばかり大くて、脛は甚だ細くなり、歩行する事ならず、鶴膝風に似たり、二三度も痛む者もあり、早くなほさゞれば癒えず、其地の土民に針治おし覚えたる者あり、薬治おし覚えたるものもあり、針お立つれば白き膿水出でゝ癒ゆ、薬は牽牛子お黒炒と中炒と生と三品一つに粉にして熱湯にて用ひ、衣服厚く重ねて大に汗すれば癒ゆと、其土民の談なり、此薬は秘すると雲ふ、按るに、外邪なるべし、牽牛子は瀉下するなり、汗にて発散す、汗下の二つにて治するは、これ外邪と見ゆ、鶴膝風とは別なるべし、他国には聞かぬ病なり、古代よりある病とみえて、其地に針方薬方お伝へたる者あるなり、水土によつて如斯病もあるなるべし、