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塵塚談

孕婦臨月に至り、腹痛むやいなやあはてゝ穏婆お呼ぶべからず、頻りに腹はり痛強くなり、分娩とおもふ比に呼ぶべし、穏婆お早く呼と、役にもたヽゝぬ事お雲ちらし、彼是と差図おなしたり、産婦おなでさすりすれば、産婦は今に生るゝ事と心得、無理に生出さんとして、難産に変ずる事まゝあり、産は天地お大父母として生るゝ事なれば、人力の及ぶ所にてなし、俗言の天道様しだいに任すると、大安産疑なし、是天道おたうとみ、身お大事にするの術なり、婆婆は出胎ありて後に呼てくるしからず、生児おしばらく草座に置のみにて、いさゝか害なし、たゞ時候に相応し、厳寒などは冷さぬやうに手当すべし、然るに貴人富家は、医者と婆々のみおちからにして、臨月に至れば、穏婆お呼て附置もあり、産月の事なれば、少しの悩みは有べきに、早速に医者は薬剤お用ひ、婆々はひたものひねりさすりして、却てこれが為にそこなひやぶらるゝ者多し、田舎者貧賤の者は諸事無造作故に、自然と天理にかなひ安産也、又物種お土に植るに、萌茅至て柔なれども、堅き土お分け、砂石お除きて生ひぬ、此等お推て暁すべき事ぞかし、古人の病ありて治せざれば中医お得るといへり、病ありてさへ医薬お用ひざるおよしとす、況や 産は病にあらず( ○○○○○○○) 、医者が薬お以て大便お下すやうに、薬にて生るゝものにてなし、必しも医者婆々お力にすべからず、且生産おうむとはいふまじ、うまるゝ也、うむは人力の所為なり、うまるゝは天地造化の妙にてうまるゝなり、鳥獣お見るべし、一産に五つ六つもつらね生るれども、難産なく支離もなし、是私智少しもなく、天の生々地の養の理に、自然とかなふがゆへに、無難なる也、却て人は私智の才覚にて、うまんとするによりて、天地生成の理にそむくが故に、難産有なり、此理およく〳〵おもひめぐらすべし、穏婆お早く呼寄ざる事、愚老が考へなれど、試験多ければ援に記しぬ、