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沙石集
五終
歌之故命失事
天徳の御歌合の時、兼盛、忠見、左右に番てけり、初恋と雲題お給て、忠見秀歌よみいだしたりと思て、兼盛もいかで是ほどの、うたよむべきと思ひける、
こひすてふ我が名はまだき立にけり人しれずこそおもひそめしか、さて既に御前にて講じて判ぜられけるに、兼盛がうたに、
つヽめども色に出にけり我がこひはものおや思ふと人の問まで、共に秀名歌なりければ、小野宮殿、しばらく天気お伺ひ給けるに、御門兼盛がうたお、微音に両三返御詠ありけり、仍て天気左に有とて、兼盛勝にけり、忠見心うく覚て、胸ふさがりて、其より 不食の病( ○○○○) 付て、たのみなきよし聞て、兼盛訪ひければ、別の病にあらず、御歌合の時、秀名歌よみ出て覚へ侍しに、とのヽ物や思と人の問までに、あはと思て、あさましく覚へしより、むねふさがりてかくおもり侍とて、ついに身まかりにけり、執心こそよしなけれども、道お執する習ひ、げにもと覚へて哀に侍なり、共に名歌にて、拾遺に入て侍るにや、