今昔物語

二十八

頼光郎等共紫野見物語第二
今昔、摂津の守源頼光の朝臣の郎等にて有ける、平の貞道、平の季武公時と雲ふ三人の兵有けり、皆見目も鑭々しく、手聞き、魂太く思量有て、愚なる事元かりけり、然れば東にても度々吉き事共おして、人に被恐たる兵共也ければ、摂津の守も、此れ等お止事元き者にして、後前に立てぞ仕ひける、而る間、賀茂の祭の返さの日、此の三人の兵雲合せて、何かでか、今日物は可見きと謀けるに、馬に乗り次ぎて紫野へ行かむに、極く見苦かるべし、歩より顔お塞ぎて可行きには非ず、物は極て見ま欲し、何力可為きと歎けるに、一人が雲く、去来某大徳が車お借て、其に乗て見むと、亦一人が雲く、不乗知ぬ車に乗て、殿原に値ひ奉て、引落して被蹴や由無き死におやせむずらむと、今一人が雲く、下簾お垂て、女車の様にて見むは何にと、今二人の者、此の義吉かりなむと雲て、此く雲ふ、大徳の車既に借持来ぬ、下簾お垂て、此の三人の兵、賤の紺の水干袴などお著作ら乗て、履物共は皆車に取入れて、三人袖も不出さずして乗ぬれば、心〓き女車に成ぬ、然て紫野 様( かた) へ遣せら行く程に、三人作ら 未だ車にも不乗ざりける者共にて( ○○○○○○○○○○○○○) 、物の蓋に物お入て振らむ様に、三人被振合て、或は立板に頭お打ち、或は己等どち頬お打合せて、仰様に倒れ、〓し様に〓し転て行くに、総て可堪きに非ず、如此くして行く程に、 三人作ら酔( ○○○○○) ぬれば、踏板に物突散して、烏帽子おも落してけり、牛の一物にて早く引つヽ行けば横なはりたる音共にて、痛くな不早めそ〳〵と雲行けば、同く遣次けて行く車共も、後なる歩ち雑色共も、此お聞て、怪びて、此の女房車の何なる人の乗たるにか有らむ、東雁の鳴合たる様にて吉くたるは、心も不得ぬ事かな、東人の娘共の物見るにや有らむと思へども、音気はひ大きにて男音也、総て心不得ずぞ思ける、此て既に紫野に行著て、車掻下して立てば、余り疾く行立てつれば、事成るお待つ程に、此の者共、車に酔ひたる心地共なれば、極て心地悪く成て、目転て、万の物逆様に見ゆ、痛く酔にければ、三人作ら、尻お逆様にて寝入にけり、而る間二事成て物共渡るお、死たる様に寝入たる者共なれば、露不知で止ぬ、事畢て、車共懸け騒ぐ時になむ目悟めて驚たりける、心地は悪し、寝入て物は不見ず成ぬれば、腹立しく妬たく思ふ事無限きに、亦返さの車飛ばし騒むに、我等は生ては有なむや、千人の軍の中に馬お走らせて入らむ事は、常に習たる事なれば不怖ず、隻貧窮気なる牛飼童の奴独に身お任せて、此く被悩れては、何の益の可有きぞ、此の車にて亦返らば、我等が命は有なむや、然れば隻暫し此て有らむ、然て大路お澄して歩より可行き也と定めて、人澄て後、三人作ら車より下ぬれば、車は返し遣つ、其の後皆お履て烏帽子お鼻の許に引入て、扇お以て顔お塞てぞ摂津の守の一条の家には返たりける、季武が後に語りし也、猛き兵と申せども、車の戦は不用に候なり、其より後懲とも懲て、車の当には不罷り寄ずと、然れば心猛く思量賢こき者共なれども、未だ車に一度も不乗ざりける者共にて、此く悲しう酔死たりける、鳴呼の事也となむ、語り伝へたるとや、