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明良洪範

神君の御側に召仕われし旧功の人々、一万石お賜はりたる中に、安藤帯刀直次のみ横須賀五千石お賜はりぬ、神君はひとしく一万石なりと思し召しての事なり、あるとき成瀬、安藤と御前に伺公するときに、女等に一万石の領地おあたへぬ、仕置法度はいかヾするぞと御尋あり、成瀬曰、臣等みな一万石也、其中安藤は隻五千石なりと申す、神君大に驚かせたまひ、予は横須賀、実に一万石と思へり、女ぢ成瀬と共に数年武功おかさねて、与ふる所の禄なり、何ぞ多少お分たんや、然るに女ぢ色にも顕はさず、詞にも出なず、不怨不慍にして、今日に至るまで実に有難き心底なり、是篤実のいたり、忠義のまことヽ雲ふべしとて、即刻五千石お加へられ、且其年限お計るに、十年に及びければ、是又五千石の米穀お積て一度に下し玉はりぬ、所納米石高五万石に及びし、是より安藤帯刀直次の家豊饒なりとぞ成りぬ、