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飲食は又食物と称す、食物は、邦語之おたべものと雲ひ、或はおしものとも、くひものとも雲ひ、又単にけとも雲へり、而して食物中、其味の甜美なるものお特に多米都物(ためつもの)と雲ふ、中古以後、魚鳥の類お美物(びぶつ)と称するは、蓋し蔬菜に比して、其味の優美なるに因れり、上代は常に獣肉お食したるものにて、天皇の御膳にも上りしが、仏教渡来の後、殺生は彼教に於て厳禁する所なるお以て、仏教の隆盛なるに至りて、法令お以て獣肉お食することお禁止せしことあり、其後、仏事は固より神事にも、獣肉お食するお禁じ、之お犯したるものは、触穢の制お以て之お律せり、然るに徳川幕府時代に至り、蘭学の徒、窃に之お食するものあり、世人も亦之お嗜好し、獣肉お粥ぐもの漸く増加せり、凡そ常食の度数、古は朝夕の二回にて、之お朝食(あさけ)、夕食(ゆふけ)と称し、高貴の人に在りては、朝御膳(あさみけ)、夕御膳(ゆふみけ)と称す、武家時代に封禄お給与するに、米五合お以て一人扶持と定めたるも、朝夕二合五勺宛の分量お以てせりと雲ふ、然れども、農夫、工人等、総て労役に従事する者は、朝夕の二回のみにては、其事に堪へざるお以て、労動の多少、昼夜の長短に依りて、一回或は数回の間食お為せり、古に謂ゆる昼養(ひるかひ)も亦間食の一なり、後世之お昼飯、或は中食と称し、独り労動者のみならず、一般に日々之お食することヽなれり、又朝、昼夕の外に、硯水と称して、酒餅の類お給して、労お慰するものあり、或は之お小昼飯とも、小昼(おひる)とも雲ふ、仏家には之お点心、又は茶の子と称す、又夕食の後に食するものお、夜食とも夜長(よなが)とも雲ふ、長夜の飢お医せんが為に之お食すればなり、