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武者物語

古き侍の物語にいはく北条氏康公の御まへにて、御嫡子氏政公、御食の御相伴おなさるゝ時、氏康公御覧ありて、御なみだおながし給ふ様は、北条の家は、われ一だいにておわりぬるとの仰なり、氏政公は申に及ばず、家老衆までこと〴〵く興さめがほにならるゝ、其後氏康公のたまふは、たゞ今氏政が食物もちゆるおみたるに、一飯に汁お両度かけて食する也、およそ人間はたかきも下きも一日に両度づ(○○○○○○)つの食なれば、是おたんれんせずといふ事なし、一飯に汁おかくるつもりおおぼえずして、たらざるとて、かさねてかくる事不器用なり、〈○下略〉