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今昔物語
三十
住丹波国者妻読和歌語第十二今昔、丹波の国の郡に住む者あり、田舎人なれども、心に情有る者也けり、其れが妻お二人持て家お並べてなん住ける、本の妻は其の国の人にてなん有ける、其れおば静に思ひ、今の妻は京より迎へたる者にてなん有ける、其れおば思ひ増たる様也ければ、本の妻心疎しと思ひてぞ過ける、而る間秋北方に山郷にて有ければ、後の山の方に糸哀れ気なる音にて鹿の鳴ければ、男今の妻の家に居たりける時にて、妻に此は何が聞給ふかと雲ければ、今の妻、煎物にても甘し、焼物にても美き奴ぞかしと雲ければ、男心に違ひて、京の者なれば、此様の事おば興ずらんとこそ思ひけるに、少し心月無しと思て、〈○下略〉