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守貞漫稿
後集一食類
獣肉 皇国も上古は、貴賤ともに食之也、天武帝四年勅て是お食すことお禁止し玉ひし後は食することなし、然れども海江に遠き山家にては、猶密に食せしなるべし、予が覚へては、大坂本町橋西辺に、冬月のみ藁筵お敷き、弓張烑灯お置て、夜分のみ売之、其夫は渡辺村の穢多也、唯二三所のみ鹿肉お専とす、買之者は小禄武家の奴僕等のみ、 大坂も文化頃より諸所此店あり、然れども葭簀店等にて、沽券外の地のみ也、江戸は麹町に獣店〈けものたふ〉と雲て一戸あるのみなりしが、近年諸所売之、横浜開港前より所々豕お畜ひ、開港後弥々多く、又獣肉店民戸にて売之こと専也、開港後は鳥鍋豕鍋と記し招牌お出し、鍋焼に煮て売る店も所々に出たり、 三都ともに、獣肉売店には異名して、山鯨と記すこと専ら也、又猪お牡丹、鹿お紅葉と異名すと、 虎肉あらば竹と雲ん歟、