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料理とは、食物お作り調ふるお謂ふ、元来料理の文字は、独り食物のみならず、諸般の事お処理する意なるが、遂に専ら食物お調理することに用いるに至れり、食物お調理するには、先づ庖丁お用いて之お割截するお以て、直に之お庖丁と雲ひ、又食物は塩梅お主とするお以て、之お調味とも雲ふ、凡そ鳥、獣、魚、貝お始め、野菜、海藻の類、料理して膳羞に供するもの、殆んど幾百種なるお知らず、或は産出のまヽ庖丁お加へたるのみにて、煮焼せずして直に食用に供するものあり、膾、刺身の如き是なり、或は煮焼し或は蒸茹して、膳羞に供するものあり、羹、煮物、熬物、焼物、揚物、蒸物、茹物の類是なり、而して汁あるものと汁なきものとの多少、焼きたるものと煮たるものとの分量お比較し、濃淡宜きお得て、主客の口腹お歓ばしむるは、献立の主とする所にして、厨人最も意お用いるお要す、膳羞お供するには、人品の貴賤高下に因りて、或は折敷、高坏お用い、或は単に折敷お用い、或は公饗、四方、三方等の器具お用い、菜数の多少と、器具の異同とに因りて、三本立、四本立、六本立、十二本立等の称あり、又朝廷公事の盛宴には、威儀御膳、晴御膳、腋御膳、残御膳等あり、武家、及び民間の饗膳には、本膳、七五三膳、五五三膳、五三三膳、五三二膳等の名あり、七五三膳お饗するときは、之お撤して後引替膳お進む、本膳とは、原と二膳以下に対する称なりしが、後世には、汎く式正に用いる膳立お言ふ称となりて、通常膳より三膳まで出し、次に向詰、引而、吸物、肴等お出すお謂へり、七五三膳とは、三は式三献、五は五献、七は七膳の義にて、先づ式三献お出し、次に初献より五献まで出し、次に一膳より七膳まで出すお雲ふ、五五三、五三三、五三二等の膳は、之お節略したるものなり、而して本膳お用いざる略式の料理お会席と称す、会席料理は、茶会に用いし料理にて、後終に一般に流行するに至れり、固より本膳と其器具お異にし、菜数も数種に止まり、二膳以下お羞ることなし、凡そ本膳、会席に係らず、魚鳥お用いず、菜蔬のみお用いるお精進料理と雲ふ、食卓料理は支那風の料理にて、数人一卓お囲み、相対して共に食するなり、食卓とは、蓋し食器お載する机のことなり、普茶(しつぽく)料理は、食卓の精進料理にて、黄檗僧徒の創めたる所なるが、後割享店にても之お調理して衆人に薦むるに至れり、肴は、さかなと雲ひ、一にふぐしものとも雲ふ、蓋しさかなは酒魚(さかな)の義にして、魚菜に渉れる称なり、凡そ、なとは、酒飯に副へて食するものヽ総名にて、野菜お指してなと雲へるも、魚類お指して雲へるも、其義一なり、就中魚は其味殊に美なるお以て、まなとも雲へり、菜は字音のまヽにさいと雲ひ、或はあはせとも、めぐりともまはりとも雲ふ、蓋しあはせとは飯に合せ食するより雲ひ、めぐり又まはりとは、食机に供するとき、飯の周囲に配置するによりて雲へるなるべし、羹は、あつものと雲ふ、熱物の義にて、今の謂ゆる汁なり、字書に、野菜に羹と雲ひ、魚鳥に〓と雲ふと雲へど、我邦にては魚鳥にありても多くは羹の字お用いるお例とす、古は汁と吸物とお区別することなかりしが、中世以後、初に出すお汁と雲ひ、次に出すお二の汁と雲ひて、其余おば汁と雲はず、吸物と称するに至れり、