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新撰会席しつぽく趣向帳
凡例一しつぽくといふ詞は、肥前の長崎にていふ言葉にして、おそらくは蕃語ならん、唐にて八仙卓(ぱすえんちよ)といふて、猪豕の肉お専に用ゆる事也、是彼国は米穀の味麁(ざつと)なる故なり、日本は米穀の味、万国にまさりて厚味なり、故に肉脂の力おかるにおよばず、殊に繁華の地に遊戯(すまい)する人は、常に厚味お食す、ゆへに胡麻の油さへ脾胃にもたれ、食後に必おくびに出て心よからず、然るおしつぽくといふ名に泥みて、唐めかしたき心より、脾胃にもあはぬ油気お喰ふ事も、何とやらおかしからずや、器物に唐めきたるも又めづらしく風流なれば、今新に撰みて油お用ひずして、調味おなす趣向お数多しるす、一しつぽくは、大菜〈五種六種〉小菜〈七種八種〉の物也、大宴なれば大菜〈九種〉小菜〈十六種也〉これお引替るに気転あるべし、此時は異酒(めいしゆ)等にて気お転る事馳走也、是お能くふうして取まはせば茶の湯の料理会席は自由なるべし、〈○中略〉一しつぽくの文字詳ならず、然れども朋友懇に酒お飲む事お、演義文に卓袱と書たり、〈唐音にてしつほく也〉因て此字お用ゆ、なほ後人の考お待つのみ、 浪花 禿箒子著