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三省録
二飲食
婚礼に蛤の吸物は、享保中明君の定め置給ふよし、寔に蛤は数百千お集めても、外の貝等に合はざるものゆえ、婚儀お祝するに是程めで度物はなし、夫故の御定なり、恐れながら味ある事なり、蛤は四季とも沢山なるものにて倹お接する第一なり、その余風京師には伝はりたれども、大坂には曾て用ひず、あるまじきことなり、これはその沢山なるお鄙みてのことなるべし、然るにすでに上巳には専ら蛤お用て祝儀とす、既に風おなせば誰も鄙とせざるお見るべし、かつは蛤は宰割もいらず、享稔も隙も取らず、塩梅も易く、是にて祝儀おなして済めば、至簡至当といふべし、実に先世の遺美なれば、頼ある号令ありたきものなり、〈草茅危言〉