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今昔物語
二十八
左京属紀茂経鯛荒巻進大夫語第三十今昔、左京の大夫のと雲ふ旧君達有けり、〈○中略〉茂経馬引かへたる童お呼びて、取て其の馬おば御門に繫て、隻今走て殿の贄殿に行て、贄殿の預の主に其の置つる荒巻三巻、隻今遣せ給へと雲て、取て来と私語きて、走れ走れと手掻て遣つ、然て返り参て、俎洗て持詣来と音高に雲て、やがて今日庖丁茂経仕らむと雲て、魚箸削り、鞘なる庖丁お取出して、打鋭て遅し〳〵しと雲居たる程どに、遣つる童は糸疾く、木の枝に荒巻三巻お結付て、捧て走て持来たり、茂経此れお見て、哀飛が如くに詣来たる童かなと雲て、俎の上に荒巻お置て、事しも大鯉などお作らむ様に(○○○○○○○○○○)、左右の袖お引疎て、片膝お立て、今片膝おば臥て、極て月々しく居して、少高みて、刀お以て荒巻の縄おふつ〳〵と押切て、刀して藁お押披たるに、物共泛れ落つ、〈○下略〉