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浪華の賑ひ
二篇
浮瀬此遊宴の楼は、新清水の坂の下にありて風流の席なり、遥に西南お見わたせば、海原往来ふ百船の白帆、淡路島山に落かゝる三日の月、雪のけしきは言もさらなり、庭中には花紅葉の木々春秋の草々お植て、四時ともに眺めに飽ざる遊観の勝地なり、名にしおふ浮瀬幾瀬の貝觴おはじめ種々の珍觴、又七人猩々の大さかづき等お秘蔵す、浪花に於て貨食家(りやうりや)の魁たるものなり、 一方楼此家は難波村中の東にあり、江南随一の大貨食家にして、宴席広く美お尽し、庭前の林泉風流なり、さる程に諸祝儀の振舞、構内の参会、数百人の集客おも引うけて、饗応ごと他の小料理屋の及ぶ処にあらず、さればとて一両輩の遊客たりとも、其饗応程よくして歓楽せしむるは、流石練磨の功といふべし、原より座敷料理むき万寛闊にして苛つかず、僅の杯お傾るにも、花街に譬れば揚屋大青楼等に遊ぶ心ぞせらる、