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塵塚物語

細川勝元淀鯉料理之事管領右京大夫勝元は、一家無双の栄耀人にて、さま〴〵のもてあそびに財宝おついやし、奢侈のきこえもありといへり、平生の珍膳妙衣は申に及ばず、客殿屋形の美々しき事言語同断なりと雲々、此人つねに鯉おこのみて食せられけるに、御家来の大名、彼勝元におもねりて、鯉おおくる事かぞへがたし、一日ある人のもとへ勝元お招請して、さま〴〵の料理おつくしてもてなしけり、此奔走にも鯉おつくりて出しけり、相伴の人三四人うや〳〵しく陪膳せり、扠鯉お人々おほく賞玩せられて侍るに、勝元もおなじく一礼おのべられけるが、此鯉はよろしき料理と計ほめて、外のこと葉はなかりけるお、勝元すゝんで、是は名物と覚え候、さだめて客もてなしのために使おはせてもとめられ候とみえたり、人々のほめやう無骨なり、それはおほやう膳部お賞玩するまでの礼也、切角のもてなしに品おいはざる事あるべうもなし、此鯉は淀より遠来の物とみえたり、そのしるしあり、外国の鯉はつくりて酒にひたす時、一両箸に及べば其汁にごれり、淀鯉はしからず、いかほどひたせども汁はうすくしてにごりなし、是名物のしるし也、かさねてもてなしの人あらば、勝元がおしへつること葉おわすれずしてほめ給ふべしと申されけるとなり、まことに淀鯉のみにかぎらず、名物は大小となく其徳あるべきもの也、かやうの心おもちてよろづに心おくばりて味ふべき事と、その時の陪膳の人の子あるひとのもとにてかたり侍るとぞ、