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南総里見八犬伝
九集二十
第百二十八回〈犬士露宿して追隊お迎ふ、老僧袱お褰て冥罰お示す、〉姑且して、信乃は、毛野にいふやう、見らるゝごとく這米は才(わづか)に二升あまりあり、〈○中略〉都て二十八名の食料なれば、粥に炊ずは一碗お、各啜るに足ざるべし、那白屋(かのくさや)に鍋はなきやと問へば、毛野は頭お挑て、否那里(かしこ)には簀子に布たる敗筵一枚あるのみ、鍋釜などはあらずといふ、答お道節うち聴て、しからば和殿們(わどのら)も知るごとく、其米お嚢の儘に水に浸し、壌に埋めて、上にて柴お焼ときは、蒸れて軈て飯に作るべし、こは野陣して鍋なき折、戦飯(ひやうらう)お炊く者の、必すなる事なれども、人の多きに米寡きは、粥より外にせんすべなしといへば、荘介点頭(うなづき)て、現(けに)この米にて足らざれば、一握宛也とても、一宵の餓お凌ぎもせん、そも塩なくては不便にこそといふお、毛野は見かへりて、否塩はあり、塩はあり、〈○中略〉又その前面(むかひ)なる大竹薮に、多く笋児(たけのこ)の生たるお見き、笋児は自生の儘、抜かずして梢お伐棄、然而竹の枝おもて根まで、よく節お串きて、上より醤油お沃き入れ、その四下(あたり)の土お穿て、何まれ薪にして焼ときは、その笋児蒸熟して、味ひ享たるに勝れども、如此すれば、その明年其頭(そこら)に笋児出ることなし、寔に好事の驕饌なれば、其に効んとにあらぬども、薮なる笋児お穿採して、〓も壌蒸に作すらば、飯の足らざるお補ふべき、合菜(あはせもの)に妙ならずや、〈○下略〉