今昔物語

二十八

三条中納言食水飯語第廿三今昔、三条の中納言と雲ける人有けり、名おばとぞ雲ける、三条の右大臣と申ける人の御子なり、身の才賢かりければ、唐の事も、此の朝の事も、皆吉く知て思量り有り、肝太くして押柄になむ有ける、亦笙お吹く事なむ極たる上手也ける、亦身の徳なども有ければ、家の内も豊なりけり、長高くして大りに太てなむ有りければ、太りの責て苦しきまで肥たりければ、医師和気のお呼て、此く極く太るおば何かせと為る、起居など為るが、身の重くて極く苦しき也と宣ければ、が申ける様、冬は湯漬、夏は水漬にして御飯お可食き也と、其の時六月許の事なれば、中納言お、然は暫く居たれ、水飯食て見せむと宣ければ、宣ふに随て候けるに、中納言侍お召せば侍一人出来たり、中納言例食の様にして、水飯持来と宣へば、侍立ぬ、暫許有て、御台行お持参て御前に居へつ、台には箸の台許お居えたり、次ぎて侍盤お捧て持来る、の侍台に居うるお見れば、中の甕に白き干瓜の三寸許なる、不切ずして十許盛たり、亦中の甕に鰭鮎の大きに広らかなるお、尾頸許お押て卅許盛たり、大きなる碗お具したり、皆台に取り居えつ、亦一人大なる銀の提に大きなる銀の匙お立て、重気に持て前に居たり、而れば中納言碗お取て、侍に給て此れに盛れと宣へば、侍匙に飯お救つヽ、高やかに盛上て、nanに水お少も入れて奉たれば、中納言台お引よせて、碗お持上給たるに、然許大きなる手に取給へるに、大きなる碗かなと見ゆるに、気しくは非ぬ程なるべし、先干瓜お三切許に食切て、三つ許食つ、次に鰭鮎お二切許に食切て、五つ六つ許安らかに食つ、次に水飯お引寄せて二度許箸廻し給ふと見る程に、飯失ぬれば、亦盛れとて碗お指遣り給ふ、其の時に、水飯お役と食とも、此の定にだに食さば、更に御太り可止むべきに非ずと雲て、逃て去て後に人に語てなむ咲ける、而れば是の中納言、弥よ太りて、相撲人の様にてぞ有りけるとなむ、語り伝へたるとや、