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用捨箱

温飩の看版(○○○○○)〈芋川〉昔は温飩おこなはれて、温飩のかたはらに、蕎麦きりお売、今は蕎麦きり盛になりて、其傍に温飩お売、けんどん屋といふは、完文中よりあれども、蕎麦屋といふは、近く享保の頃までも無、悉温飩屋にて、看板に額あるひは櫛形したる板へ、細くきりたる紙おつけたるお出しゝが、今江戸には絶たり、完政の初までは、干温飩の看板に、櫛形の板に青き紙にて、縁などおとりたるお軒へ掛たるが、たま〳〵ありし歟〈○図略〉 桃の実〈元禄六年〉 打かまねくか温飩屋の幣 〈撰者〉冗峯 吉原はわざともほどく茶筅髪 嵐雪とあれば、吉原の温飩屋にも、此看板のありしなるべし、