[p.0507]
今昔物語
十九
寺別当許麦縄成蛇語第廿二今昔寺の別当にと雲ふ僧有けり、形ち僧也と雲へども、心邪見にして、明暮は諸の京中の人お集めて、遊び戯れて酒お呑み、魚類お食して、聊も仏事お営ざりけり、常に遊女傀儡お集めて、歌ひ嘲けるお以て役とす、然れば資に寺の物お欺用して、夢許も此れお怖るヽ心無かりける、而る間夏此麦縄多く出来けるお、客人共多く集て食けるに、食残したりけるお、少し此れ置たらむ旧麦は、薬など雲ぬればと雲て、大なる折櫃一合に入て、前なる間木に指上て置てけり、其の後要無かりければ、其の麦入れたる折櫃お取り下して見る事も無かりける、而る間亦の年の夏比に成て、別当彼の麦の折櫃お不意に急ぎ見て、彼れは去年置し麦縄ぞかし、定めて損じぬらむと雲て、取下させて折櫃の蓋お開て見れば、折櫃の内に麦は無くて、小き蛇蟠て有り、開くる者思ひ不懸ぬ事にて棄てつ、やがて別当の前にて開ければ、別当も亦他の人々も少々見けり、仏物なれば此く有る也けりと雲て、折櫃の蓋お覆て河に流してけり、其れも現の蛇にてやは有けむ、唯然見えけるにこそは思ふに増して誦経の物、金鼓の米などこそ、思ひ被遣れ、然れば仏物は量無く罪重き物也けり、正しく其の寺の僧の語けるお、聞継て此く語り伝へたるとや、