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擁書漫筆

ある人橘千蔭に標榜(がく)お書てよとこへりしが、日おへて後せうそこして、河漏(そばきり)おおくりければ、千蔭がそのかへしに、さらしなや、寒さらしなの、名にしおふ、おばすてならぬ、そばきりお、しばらく見ねば、わが心、なぐさめかねつ、きのふしも、寺へまうづる、日なれども、ひるのあつさに、たへかねて、夕さりつがた、いでゆきて、寺にいたれば腹もはや、むなしくなりて、かへさには、人しげからぬ、茶づけやへ、たちもよらんと、おもへども、天王すゞみ、金毘羅の、腕のほりもの、まろはだか、いならびおれば、おそろしみ、たちもよられず、衣手の、ひだるき腹お、かゝへつゝ、かへりて見れば、おもほえず、おやつこさまの、ぢい君より、寒さらしな(○○○○○)おぞ、たまはると、きくにこゝろも、うきたちて、やがててうじて、五六はい、たゞ夢のごとかきこみて、くへばくふほど、そのあぢの、世にたぐひなく、おぼえつゝ、やゝ人ここち、つきてのち、御せうそこおひらき見て、かのまがいほの、目鼻おと、のたまふことの、ねもごろさ、それかゝんこと、そばきりお、かきこむよりも、いとやすし、御廬の名の、まがいほの、まがりなりにも、そばきりの、きり〳〵書て、たてまつるべし、