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類聚名物考
飲食
ぜんざい 善哉今案善哉は今江戸の俗に雲しるこ餅の事也、古へは皆ぜんざいと雲しなり、善哉の文字は、後に塡たる事なり、然れども京都にてもしるこ餅といひし事も、ふるき俗言にや、その故は今上野東叡山にては、此善哉餅お長谷餅といふ、その故いかにといへば、京都近江の三井叡山より京へ出る道に、長谷越といふあり、今俗にはしるたにごえといふ、清水の山中へかゝりて、渓谷の間お行道故に、常の道のあしく、清水ながれて、道の泥濘のしるき故にしかいふ也、この善哉餅も赤小豆の粉の煮られて、しるくねばる故、谷道のあしきが如くなれば、俗にしるこ餅といふおそれより転て長谷餅とはいふなり、是みな俗言なれども、雲伝ふる所も又久しき歟、日光山内にては、やはり善哉ともしることもいへども、東叡山内のみにては長谷餅とはいふ也、今又京都に千歳飴あり、善哉と千歳と音おかよはしたり、長谷餅 ながたにもち本名は善哉といふ、俗に雲しるこもち也、その故は上にみえたり、善哉お今京言につねにいへり、又俗に千年飴とす音の転なり、