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嬉遊笑覧
十上飲食
花びら山家集にみやたてと申けるはしたもの、としたかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて吉野に住侍りけり、おもひがけぬやうなれども、供養おのべんれうにとて、くだものお高野の御山へつかはしたりけるに、花と申くだもの(○○○○○○○)侍けるお見て、申つかはしける、おりびつに花のくだものつみてけり、よしのゝ人のみやたてにしてと有、くだものゝ円扁にして花弁に似たるなり、吉野にて春の頃、花餅とも御福ともいひて売ものは、竹串お半迄団扇の骨のごとく細く裂たるに、小き花びら餅おさしたるなり、〈江戸にて近ごろ諸仏の縁日には、辻に出て売ものあり是なり、下にいふべし、〉これはもと吉野に華供といふ事あり、又歳首に蔵王権現に備へたる餅お砕き、他の米お加へ、二月一日、本堂にて諸人に施し、又山中の僧俗に普く賦る是お餅配といふ、委しく滑稽雑談に出たり、山家集に花のくだものと雲るは是なり、洛陽集唐餅くばりおくれじ吉野山、〈友静〉吉野山去年のしんこや餅配、〈自悦〉もろこしの吉野といふ枕詞おあやなして、もろこし餅にいひかけたり、〈○中略〉花びらと雲もの外にも有り、御傘に、花びら、僧衆の紙にてまろくして、行道の時ちらさるゝお雲、〈是は散花おいへり〉又正月の餅に菱花びらとて有と雲り、是今いふ菱餅なり、五節句に雲、餅お押たるなり、菱にきる雲々、但し昔は小さく作りしものとみゆ、似せ物語に、ひえたる餅花びらになりにけりとも有、こは餅花にや、畿内の俗、正月の餅花お、涅槃会に煎て供物とし、蓬の餌(だんご)お作りて備ふるお、いづれも名付てはなくそといふは、疑らくは花供の誤なるべしといへり、洛陽集、涅槃、鼻屎や済度方便一つかみ、〈友静〉鬼貫が独言に餅つきは雲々、幼き人の柳が枝に、餅むしり付て花とみるよ雲々、松落葉、京童といふ半大夫節、さて初冬や、かみな月、つくやいのこの餅ばなも、小春の名にや匂ふらん、御福の餅は、神社仏閣何くにもあり、狂歌咄、糺の六月祓のことおいふ処、杜のほとりさし入より、茶やの軒かこひつゞけ、青き杉葉さしかさね、名におふみたらし団子、ほそき竹にさして、前なる土塗の炉に立ならべたるは、五十串立たる心地すといへり、昔は団子にかぎらず、豆腐田楽などさへ炉に立て焼たり、此だんごは小きものと見えて、軽口咄に、みたらし団子に、鉄砲の玉、数珠の粒、そろばんの玉などいへり、江戸には国花万葉種、〈七〉武蔵国中名物部目黒御福飯、江戸砂子増補、目黒不動にて飯櫃に白飯お入て、ごふくの餅めせと売る、是も古き事なり、参詣の輩此餅お買て、犬に与ふるなり、口寄草、〈元文元年刻〉冠付、こうろ〳〵目黒の犬も取はづし、衣食住記、むかしに替らぬは、目黒の粟餅三官飴雲々、社前に犬多く有て御服の餅とて、挽ものにて拵へ、少しひつ形にして曲物の器に入、女乞食売て参詣の貴賤必求めて、犬に給させける事にて有しが、御鷹野の障りとて、犬お狩捨られしより、御服の餅跡かたもなしといひしは、宝暦の頃なるべし、粟餅と餅花は今にあり、宝永忠信物語、夢おさませし粟餅や、木毎に花の呉服もち、又江戸二色に、目黒の土産二種、唐ごまと餅花お画けり、狂歌一日に、八つ九つたう独楽のたらぬ目黒の餅は花なる、江戸名物鑑、目黒もち花、もち花は鼠のあらす梢かな、江戸二色に画きたる餅花は、竹お細く擘きたるに、染たる餅お付たり、又目黒のみにもあらず、手遊びに売しこともあるにや、類柑子、茅場町山王旅所の所に、こゝにちい〳〵ちや〳〵うるもの有り、色鳥に染餅お小串にさして雲々いへり、しんこ馬の類にて、鳥おも作りしは、飴の鳥の形なるべし、色鳥にとは鳥に作りしなるべし、然らばしんこ細工のもとゝ雲べし、又は色どりと有しお、鳥と書しも知べからねど、いづれにも是又餅ばななり、其始は吉野の御福の餅に効ひしものと見えたり、餅はもとより福の名あれど、〈雉囊抄などに、そのよし見えたり、〉御福とは何にまれ、神仏に供へたるおろしお給はるおしかいへり、著聞集に、鞍馬寺の別当すゞお人のもとへつかはすに、このすゞは鞍馬の福にて候ぞ、さればとて又むかでめすなよ、すずは小竹なり、こゝはその笋おいふなり、こはそなへものならぬおも、其地に産する物は、福といひしなるべし