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北越雪譜
二篇二
餅花餅花や夜は鼠がよし野山〈一にねずみが目にはとあり〉とは、其角がれいのはずみなり、江戸などの餅花は、十二月餅搗の時、もちばなお作り、歳徳の神棚へさゝぐるよし、俳諧の季には冬とす、我国〈○越後〉の餅花は春なり、正月十四日までお大正月といひ、十五日より二十日までお小正月といふ、是我里俗の習せなり、さて正月十三日十四日のうちに、門松しめかざりお取り払ひ、〈我国長岡あたりにては、正月七日にかざりおとり、けづりかけお十四日までかくる、〉餅花お作り、大神宮歳徳の神夷、おの〳〵餅花一枝づゝ神棚へさゝぐ、その作りやうは、みづ木といふ木、あるひは川楊の枝おとり、これに餅お三角又は梅桜の花形に切たるおかの枝にさし、あるひは団子おもまじふ、これお蚕玉といふ、稲穂又は紙にて作りたる金銭縮、あきびとなどはちゞみのひな形お紙にて作り、農家にては木おけづりて、鍬鋤のたぐひ農具お小さく作りて、もちばなの枝にかくる、すべておのれ〳〵が家業にあづかるものゝ、ひながたお掛る、これその業の福おいのるの祝事なり、もちばなお作るはおほかたわかきものゝ手業なり、祝ひとて男女ともうちまじりて、声よく田植歌おうたふ、此こえおきけば、夏がこひしく、家の上こす雪の、はやくきえよかしとおもふも、雪国の人情なり、此餅花は、俳諧の古き季寄にもいでたれば、二百年来諸国にもあるは勿論なり、ちかごろ江戸には季によらず、小児の手遊に作りあきなふときゝつ、