渡辺幸庵対話

一駿州鞠子に餅屋五郎右衛門と申者の餅名物にて候、東新田と申在所にて出来申米也、尾張姫君様〈光友室〉御在世に御好被成、毎日江戸へ飛脚にて運ぶ、道中日数に江戸へ参り申候、是毎日なる事故、尾張の用人中相談にて、費へなれば、彼五郎左衛門お始、臼取共お呼寄、数日此方の者に見習せて、違も有之間敷と、東新田米お取寄、五郎左衛門并臼取搗申者も呼寄申候、其内段々あなたより如例餅お取寄申候、扠諸道具も彼が申儘に拵、餅お或朝上げ候処、姫君様御意に毎の餅と違、風味不宜由被仰出、滋之用人中申上候は、鞠子より取寄候は遠方には、夏などは道中日数も懸り申候内、風味如何と奉存候、米も同米にて、五郎左衛門并夫々の役人も呼寄、搗せ上げ申候由申上候処、昨日到来の残は無之哉と御尋、則残有之お煮て上げ候得者、是こそ毎の餅也と御快被召上候、依之五郎左衛門は鞠子へ帰申候、滋之御一生鞠子より毎日運び申候、公家衆毎年御下向にも、五郎左衛門方へ御立寄被聞召、都にも希成よし、然らば名物は土地によると見えたり、