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日本永代蔵

世界の借屋大将此男生れ付て慳(しば)きにあらず、万事の取まはし、人の鑑にもなりぬべきねがひ、かほどの身袋まで、としとる宿に餅搗ず、鬧敷時の人遣ひ、諸道具の取置もやかましきとて、是も利勘にて大仏の前へあつらへ、壱貫目に付何程と極めける、十二月廿八日の曙いそぎて荷ひつれ、藤屋見世にならべうけ取給へといふ、餅は搗たての好もしく春めきて見えける、旦那はきかぬ貌して十露盤置しに、餅屋は時分柄にひまお惜み、幾度か断て、才覚らしき若ひ者、杜什(ちぎ)の目りんと請取てかへしぬ、一時ばかり過て、今の餅請取たりといへば、はや渡して帰りぬ、此家に奉公する程にもなき者ぞ、温もりのさめぬお請取し事よと、又目お懸しに、思ひの外に減(かん)のたつ事手代我お折て、喰もせぬ餅に口おあきける、