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嬉遊笑覧
十上飲食
祇園物語に、あたりなるやきもちひ(○○○○○)と申もの、一つまいるべくもや候雲々、老人ひとつとりて、手の内したゝかにおぼえ、よく見れば、中にはあづきおつゝみ、上にうすやうほど餅おはりつけたり、是ならば小豆とてこそ売べけれ、餅と名おつけていつはれる事こそ、けいはくなれ、おあしひとつにかゆる物だに、かゝるいつはり多ければ、まして外の事よろづ軽薄ならぬはなし雲々有て、下文に鶉やき(○○○)はうす皮の十字のたぐひならん、あまりにけいはくなるによりて、翁の涙ながし感ぜられ候も理りなりといへり、鷹筑波集、音たかきよくにやふけるうづら餅○○○○、洛陽集、二口屋御狩ぞいそぐ鶉餅、かゝる句もあれば、よき菓子屋にも作れりとみゆ、〈○中略〉さて件の鶉焼とは、その鳥の丸くふくらかなれば、准へて名づけたる歟、後世はらぶと(○○○○)ゝいふ餅是なり、皮うすくして、餡は赤小豆に塩の入て、砂糖けなく、唯大に作りたるものなり、大ふく餅(○○○○)ともいふ、後其形お小く作り、餡もこし粉に砂糖お加へたるお、専ら大福餅と呼、はらぶと餅は近頃迄もありしが今は絶たり、