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嬉遊笑覧
十上飲食
饅頭も職人尽に、てうさいの詞に、さたう饅頭さいまんぢうと有り、又饅頭売が歌に、売つくすたいたう餅やまんぢうの声ほのかなる夕月夜哉と、饅頭二度出たり、おもふに調菜のかたは、むねと菜饅頭お作る料理果子にて、常の饅頭とは異なるべし、食物本草、餛飩の製やうおいひたるおみるに、菜饅頭のやうなり、東鑑に十字とあるものは饅頭なり、晋書、何曾、性奢豪、務在華侈雲々、蒸餅上不斥作十字不食、これお奢れる故事にいへり、こゝには栄曜に餅の皮おむくともいへり、今おぼろまんぢうといふは、上の皮おむきたるなり、是等は物の数ならず、えもいはれぬ美食、費お顧みざるもの枚挙しがたし、是お何とかいはむ、十字は蒸て斥たるおいふ、職人尽の絵に、饅頭の頭に朱点あり、是もと点にはあらじ、十字なるべし、〈高野山の或院に宿りしが、饅頭の頭に、紅にて印おおしたるお出せり、是も其遺風か、〉萩原随筆に、智恩院の御忌法事に、衆僧へ引饅頭面に紅粉お点ずる、これ十字引の遺風なりと雲と有り、斥たる状お画るもいとおかしきわざなり、昔し饅頭は賞玩したる物なり、貞順条々聞書に、折の内にていち上りたるは、まんぢうの折にて候と有にても知るべし、堀河百首題狂歌、松まんぢうのかざりにさせる枝みれば遠きあこやの松は物かは、〈あこやは、今いふしんこ団子の小きなり、〉古画に饅頭屋の体おかきたるに、手桶に草木の枝おさして、看板のやうにあるは、かいしきに用る故なり、〈食物は何によらず、むかしはみな然り、重箱などには四隅にいだしたり、〉