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蜘蛛の糸巻
菓子の変格菓子追々奢侈にうつり、完政の始大久保主水の菓子杜氏のはて、喜太郎といひし者、日本橋の新道の小家の表は格子作りにて、夫婦に丁稚の召仕一人のくらしにて、自ら上菓子少しばかりづつ造りて売りけるに、煉羊羹といふ物お製しはじめけるに、今のやうにさゝ折といふものもなければ、口に奢る者、重箱お持たせて取りにやるに、けふは売れ切れたりとて空しく帰る、さらばあすとて、煉羊羹のために、招きたる客おかへす程の称美としたるに、今は諸国にもある中に、日光なるは江戸にまされり、僅に六十年の変化、素の侈りし事、菓子に於ても此の如し、