[p.0677][p.0678]
古事記伝
三十一
久志能加美は、酒之上なり、そは横井千秋雲、久志は(○○○)、酒の本名(○○○○)にて応神天皇の大御歌に、須々許理賀、迦美斯美岐邇、和礼恵比邇祁理、許登那具志、恵具志爾、和礼恵比邇祁理とある、二〈つ〉の具志これなり、〈こは上より連ける言ある故に、具と濁れり、〉さて御酒白酒黒酒など雲伎は、此久志の約まれる名なり、〈そお、佐気とも雲は、亦名にて、県居大人の説に、酒お、佐気とも雲は、是お飲は心の栄ゆる故の名にて、佐加延の約りたるなりとあるが如し、〉加美は上なり、〈○中略〉さて少名毘古那神お如此称し賜ふは、此神殊に酒お掌賜ふ事は物に見えざれども、大穴牟遅神と相並ばして、国土お作堅め給ひ、〈○中略〉凡て万の事も物も此二柱神の恩頼なれば、〈○注略〉書記崇神巻にも、天皇以大田田根子令祭大神、是日活日自挙神酒献天皇、仍歌之曰、許能弥枳破、和餓弥枳那羅孺、椰磨等那殊、於朋望能農之能、介弥之弥枳、伊句臂佐、伊句臂佐、如此歌之宴于神宮ともある如く、酒の本お此二柱神に係て、其首長たる神の献り賜ふ御酒ぞと、よみ賜へるなり〈以上千秋考〉と雲り、此考宜く聞ゆ〈(中略)契沖は、奇の神なりと雲事お、師は、奇は用語なれば、之と雲べからず、薬之神なり、須理の約志なりと雲れたり、信に奇之とは雲はぬことぞ、又薬の神と雲むも然ることにて正しき由あり、此は御酒お祝て詔ふなれば、殊に由ありておぼゆ、然はあれども、神の仮字に美お用ひたる例なければ、なほ上の、千秋の考にぞ従、ふべき〉