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一もと草
新酒 糟丘亭よしあしの難波の浦には、神無月の頃に、いざけ下さんと、舟もよひして、名にしあふ伊丹、西の宮、なだめ、大坂、でんぼう、兵庫など、その外のも問丸にあつめて、一番舟十あまり四艘に、番舟もおなじほど積そろへつゝ、いつの日いつの時などさだめて、ひかへ綱きりてはなてば、思ひ〳〵にぞ海原お風にまかするなれ、このよしはやうこゝにつたふれば、新川新堀に家居せる問屋の、むかしは八十あまり四軒となん聞しお、いかなるにか今は四十あまり六家とや、その家この売場といへるに、かのくだれる数の舟主の名お壁にしるして、誰々はよくのる、たれ舟はいつもたのまれず、又今年なにがしは新造のるなど雲ふめるころは、ふる酒もかれ〳〵なれば、家々つどひて、細き枯木おけづりて、きゝ酒の釘なん用意するとぞ、これにかゝづらふおのこどもは、しぶ染とかやいへるあらきひとへに、小倉といへる帯して、太神楽といへる獅子の脊中みるやうなる、前垂てふものかけて、やゝともすれば、蔵前川岸前に集りて、樽石など持くらべて誇りあへるにこそ、時雨もはれやかに、小春の天暖かなれば、この夜さりや暁などゝまつ頃かの舟どものはやきは品川の沖にこそつくめる、いかりもまだおろしあへざるに、天満とかいへる舟して、とく大川端なるこゝの問丸に案内したるこそ、一番船とは定りて、舟のりもめいぼくあれば、くる年中もこの舟のさちにぞなれる、さは沖には早う付ても、この案内におくれければ、二番三番ともいはれて本意なし、荷物受るにも通請支配請問屋など、いづれとくだ〳〵しければもらしつ、問丸は大茶船といへる、しるしたてゝ荷わけにぞゆくなる、問屋のあるじは、初相場立るとて、例のところにぞあつまるなれ、荷分せし舟の乗り入るほどこそ、いとゞ小川のところせきに、あゆみ板打渡して、まろばしあけるも、いみじくしつけたるはやすげなれ、蔵々に入るほど、とくいへ積送るなど、いそぎあへるもおかし、青き旗たてたるは、八百あまり八町はさらなり、しるしの杉かざせるすえ〴〵の家居まで、一二日のうちに送りくれば、まづ神棚にこそさゝげて、下り新諸白と書て、かどのはしらにかけぬるならし、