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瓦礫雑考

酒酒屋の軒に杉の葉束ねたるおつることは、杉の葉お酒にひたす事あり、又木香といひて、よき杉木の根お削りたるお、酒の中に入るゝこともあり、又酒に用る器物みな杉にて造るものなれば、これらによりてかくする歟ともおもへど、猶よくおもふに、杉の葉お酒にひたすことは、味変りたるおなほさむとてすること也、又中品の酒は、六七月の比、遠方に運送するには、途中にて損ずる故に、木香おば入るゝ也、木香はよく酒の気味お助けて、そこなはぬものなれど、上品の酒は変る事なければ、用るに及ばず、〈至て下品の酒には、番椒おも入るゝことあり、〉さればもとより秘すべきことなるお、いかで家のめじるしにおもひよりて付始むべき、又器物に杉お用るは、酢も醤油もおなじ、酒にのみ限れるにあらず、按ずるに崇神紀に、宇磨佐開爾和(うまざけみわ)雲々とあり、厚顔抄に、神に奉る酒おみわと雲故に、味酒のみわとつゞけたりといへり、又三輪にしるしのすぎ、杉たてる門などよめる古歌多し、件の杉の葉はこれによりてうまき酒ありとのしるしにはしたるなるべし、旧説の大物主神の酒お造り給ひし故に、其神のます三輪山に味酒とはかむらせたり、かつ神酒と書て、美和とよむといへるに誤あることゞも、委しく冠辞考に解明せれど、此杉の葉の事などは、隻よの常の説お用べし、又今神に奉るおのみみきといふと心得るも非也、御酒は貴人ならでも、御といふ、きは酒の古語也とぞ、みきに数説ありて、或は三季とし、あるひは三寸とすれ共、みなひがこと也、