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正月揃

酒屋の孟趣まづ屠蘇お酌で令辰お祝す、初春の目出度、腹お鼓にうたふもまふも、此水よりさいはひなるはなし、飲ば甘露もかくやあらんと、心も飛たちうきたちて、わかやぎあそべり、かゝるいみじき物お、何として仏は戒め給ふやらん、〈○中略〉昔晋陶淵明葛巾おもつて酒お漉、これ千古の風流なり、今にいたつて淵明が漉酒巾といへり、酒におほくの異名諸書にいだせり、竹葉といふより笹といひならはせるか、あるひは天竺にては石祚、我朝にては竹叟など、つくりはじめけるとかけるものもあり、〈○中略〉花の下雪月の前、紅葉お焼てあたゝめ酒、三月は桃花の酒、五月は菖蒲酒、七月七夕祭酒、九月菊酒、名酒は葱冬、阿羅泣酒、奈良酒、京酒、鎌倉酒、博多の練ざけ、宰府酒、琉球泡盛酒、伊丹鴻之池、保命酒、桑酒、覆盆酒、焼酎、竜眼酒、丁子酒、榧酒、梅酒、雹ざけ、麻地ざけ、あまたの名酒お酌かはし、一睡の間に多生功お送る楽あり、祝言移徙、酒迎、元服、首途おはじめとし、相生の松風と三国一の声するは、みな酒がうたふいはひの詞也、目出度座敷へ出されぬ物は、諦上戸、人お送るたち酒、のませられぬ物はわらひ上戸なり、公界の座敷に肩脱上戸、心鬧敷にねぢ上戸、機嫌しらずのおどけ上戸、よはぬ貌する水瓜上戸、おもしろからぬ唄ひ上戸、時分おしらぬ長尻上戸、あとさきつまらぬ贅上戸、後には悔む物遣上戸、佗こと好の喧嘩上戸、詞はうまし振舞上戸、おかせたし物まね上戸、焼石にかくるかはき上戸、さい〳〵きく系図上戸、仏のゆるす分別上戸、人のしらぬ手柄上戸、いんぎん上戸、色欲上戸、皺面上戸、押柄上戸、悪口上戸、寝上戸、大気上戸、無言上戸、押上戸、肴上戸、霧吹上戸、見世出し上戸、自慢上戸、無礼上戸、これ〳〵〳〵のもゝ上戸、いや〳〵〳〵の女上戸、だらり上戸、短気上戸、上戸の上戸、屑はみな粕上戸とかけるものあり、むかしよりかしこき人の、酒のまぬはまれなりと、兼好もしるせり、〈○中略〉李白は酔ても常とたがはず、詩文論談濃かなり、よつて酔聖といへり、鹿車に乗うかれて、女房にいためられしもあり、京の又六は、我死ば備前の国の土となせもしも徳利にならば極楽、と辞世せしも殊勝なり、津の国のほとりに箒木売翁あり、下戸の建たる蔵もなしと、うたひながら往生うたがひなし、孔子も、酒ははかりなふして乱におよぶや不と、点おつけて読しもあり、酔なやみて臥て、あけの日またのまんといふ、いかなりととへば、墻おへだてゝ蛤お売声おきくと述しも又命なり、すべて酒の徳おほく、古人書おける中にも、旅の霧の身おとおさぬ、雪の中おくゞるにもいたまぬ、花お花と酒がいはする京哉といへるも奇特かな、〈○下略〉