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擁書漫筆

文化十二年十月廿一日、千住宿壱丁目にすめる中屋六右衛門が家にて、六十の年賀に酒の呑くらべせり、その酒戦記一巻画一鋪あり、今要お拓て記す、伊勢屋言慶〈新吉原中の町にすめり、齢六十二、三升五合余お飲、〉大坂屋長兵衛〈馬喰町に住、齢四十余、四升余お のむ、〉市兵衛〈千住かもん宿に住、万寿無量杯にて三杯呑けりといへり、万寿無量杯は壱升五合盛とぞ、〉松勘〈千住宿人也、五合盛のいつくしま杯、七合盛の鎌倉杯、九合盛の江島杯、壱升五合の万寿無量杯、弐升五合の緑毛亀、三升の丹頂鶴などにて、こと〴〵くのみけりとぞ、〉佐兵衛〈下野小山人、七升五合のみけりとなん、〉大野屋茂兵衛〈新吉原中の町大野屋熊次郎が父也、小盞数杯の後に万寿無量杯にて飲、〉蔵前正太〈浅草御蔵前森田屋が出入の左官也、三升飲、〉石屋市兵衛〈千住掃部宿の人也、万寿無量杯にて飲、〉大門長次〈新吉原にすめり、水壱升、醤油一升、酢一升、酒一升お三味線にて、拍子おとらせ口鼓おうちつゝ飲、〉茂三〈馬喰町人也、齢三十一、緑毛亀お傾尽す、〉鮒屋与兵衛〈千住掃部宿の人也、齢三十四五計、小盞にてあまた飲ける上に、緑毛亀おかたぶく、〉天満屋五郎左衛門〈千住掃部宿の人也、三四升許飲、〉おいく〈酌取の女也、江のしま鎌倉などにて終日のみぬ、〉おぶん〈酌取の女也、同上、〉天満屋みよ女〈天満屋五郎左衛門が妻也、万寿無量杯おかたぶけて、酔たる色なし、〉菊屋おすみ〈千住人也、緑毛亀にて飲、〉おつた〈千住の人、鎌倉などにてあまたのむ、〉料理人太助〈終日茶碗などにて飲、はてに丹頂鶴おかたぶけぬ、〉会津の旅人河田〈江島より始て緑毛亀にいたるまで、五杯お飲つくし、たゞ丹頂鶴お残せるおなげく、〉亀田鵩斎谷写山など、此むしろに招がれて、もの見せしとぞ、そのおり千住掃部宿の八兵衛といへるものは、壱分饅頭九十九くひつといへり、この酒戦記は、平秩東作が書つめたりし也、