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十訓抄

昔元正天皇御時、美濃国に貧く賤き男有けるが、老たる父お持たり、此男山の草木お取て、其直お得て父お養ひけり、此父朝夕あながちに酒お愛しほしがる、依之男なりひさごと雲物お腰に付て、酒お沽家に行て、常に是お乞て父お養ふ、或時山に入て薪おとらんとするに、苔深き石にすべりて、うつふしにまろびたりけるに、酒の香しければ、思はずにあやしとて、其あたりおみるに、石中より水流出事有、其色酒に似たり、汲てなむるにめでたき酒也、うれしく覚えて、其後日々に是お汲てあくまで父お養ふ、時に帝此事おきこしめして、霊亀三年九月に某所へ行幸有て御覧じけり、