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西遊記
続編二
五け邑隈本〈○肥後〉の旅人宿に逗留せし頃、〈○中略〉此地の人に五け村のこと尋問ふに、〈○中略〉彼方の人の世間へ出初て人交りおせし事は、元和寛永のころにもや、此あたりにては隈本名家なれば、此手に属したきよし申立て、公にも其由聞届られ、肥後の支配と仕給ふ、〈○中略〉それより此方多年隈本より塩幾十俵お賜ふ、彼方よりは五人の頭分のもの、替り〳〵年始の礼詞おつとむる為に、隈本に出るなり、〈○中略〉其人皆質朴にして武おはげみ、男子皆長き大小お横たふ、みづから平家高貴の人の御末なりと高ぶりて、世の人お軽んず、其地塩なし、近ごろまでは数百年が間、彼地の人は一人も塩気お食ふものなかりしが、近ごろ隈本より賜る塩おわかち食す、其外も格別家富る者は、肥後より塩お買入て食す、故に甚だ払底にて、中々末々までは行届かず、然れども塩は食して薬なりといへるにや、百姓の家々に皆見塩とて、紙に少しの塩お包み、台所の柱にかけ置て、家内みな毎朝此塩おみる事なり、