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燕石雑志

関東方言♯昔よりいふ諺は、今に遺れるもおほかり、〈○中略〉ふるき諺の遺れるお二つ三つ左に記す、〈○中略〉狼狽する事お味噌おつけるといふ、これは太平記巻の三十五に見えたり、桃井直常敗軍の段に、当時の人の落首なりとて、唐橋や塩の小路の焼しこそ桃井殿は鬼味噌おすれ、といふ狂歌お載たり、この下の句の味噌おすれといふは、今俗に味噌おつけるといふ事と聞ゆ、直常は勇敢無双の大将にて、世人鬼桃井と称せしとぞ、かゝる人の狼狽したれば、鬼味噌おすれとはいふならん、村酒お鬼ころしといふごとく、鬼味噌とは蕃椒味噌の事にや、上の句にから橋とおきて、からき塩とつゞけ、小路お麹にかけて、焼し鬼味噌とづゝけたれば、鬼味噌は蕃椒味噌の事と聞ゆる也、又食物の赤くて、その味の鹹きお鬼といふ、鰕お醤油の漬焼にゝたるお、鬼から焼といふ類おほかり、