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還魂紙料

千年飴(○○○)♯元禄宝永の比、江戸浅草に七兵衛といふ飴売あり、その飴の名お千年飴又寿命糖ともいふ、今俗に長袋といふ、飴に千歳飴と書こと、彼七兵衛に起れり、生質酒お好で世事にかゝはらざるの一奇人なり、今様廿四孝〈宝永六年印本〉二の巻に曰、千年の七兵衛といふ飴売あり、楽に養ふ子のあるに、いかないかなそれにかゝらず、江戸中お空にして童にねぶらし、価の其銭おすぐに処々にて酒にして、春秋の栄枯お息なし呑の一盃にらちおあけて、年のよらぬ顔おひさしく見ること、頬髭おかこち給ふ、堺町のさる野良のあやかりたしとまうされぬ雲々、宝永六年に久しく顔お見るとあれば、貞享或は元禄の初より、其名お人に知られたる歟、