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鷺流狂言記
二十三
附子♯〈主〉是は此隣の者で御座る、召仕ふ者共お呼出て申付くる事が御座る、太郎冠者居るかやい、〈して〉はあ〈主〉次郎冠者おもよべ、〈して〉畏て御座る、〈○中略〉 〈主〉女等お呼出すは別の事でもない、某は去方へ遊山に行程に、両人の者共は能う留守おせい、〈二人〉畏て御座る、〈主〉夫に付て女等に預る物が有る程に夫に待て、〈二人〉はあ〈主〉やい〳〵是お女等に預る程に、よう番おせい、〈して〉してあれは何で御座りまする、〈主〉あれはぶすじやよ、〈○中略〉あれはぶすといふて、人の身に大毒の物で、あの方から吹風に当つても、忽めつきやくする程に、構へて側へ寄らぬ様にして、能う番おせい、〈○中略〉 〈して〉夫なればよふおりやる、偖某はあのぶすお見て置ふと思ふ、〈○中略〉 〈あと〉何と見さしました、〈して〉某は白うどんみりと見ておりやる、〈二郎〉身共は鼠色にどんみりと見ておりやる、〈して〉扠某はあのぶすお少と食ふて、見度ふ成つておりやる、〈○中略〉 〈二郎〉是は如何な事、たつた今にめつきやく致すで御座らふ、扠も〳〵にが〳〵敷事で御座る、〈して〉さあたまらぬは〳〵、〈二郎〉やい何としたぞ〳〵、〈して〉気遣ひおさしますな、うもふてたまられぬ、〈二郎〉何じやうもふてたまらぬ、〈して〉中々〈二郎〉して何じやぞ〈して〉砂糖でおりやる〈二郎〉やあ〳〵砂糖じや〈して〉中々〈二郎〉どれ〳〵某もねぶつて見やう〈して〉わごりよもなめて見さしませ、〈二郎〉実と是は砂糖でおりやる、頼だ人にだまさられておりやる、〈して〉いやのふ〳〵其方独りなめず共、こちへおこさしませ、〈○中略〉 〈主〉是は如何な事、某の戻つたと聞たならば、其儘飛んでも出さうな物じやがさめ〴〵となくは何事じやぞ〈○中略〉 〈して〉夫ならば私の申上ませう、お留守に成つて御座れば、余り淋う成ましたに依て、次郎冠者が相撲お取うと申まする程に、私は終に取つた事がないと申て御座れば、是非共にと申て、かいなお取て引立まするに依て、余り迷惑さのまゝ、あの床の掛物に取付てござれば、あのごとくになあ、〈二郎〉中々〈二人〉さけまして御座る、〈○中略〉 〈して〉夫より右左へ取つて引廻し、あの台子台天目の上へ、ずでいどうとなげられて御座るに依、あの如くになあ、〈二郎〉中々〈二人〉打われまして御座る、〈○中略〉 〈して〉此上は生ては置せられまいと存じて、ぶすおくうて死ふと思ふてなあ、〈二郎〉中々〈して〉一口喰へ共死なれもせず〈二郎〉二口くへ共まだ死なず、〈して〉三口四口〈二郎〉五口〈二人〉十口余り皆に成る迄喰うたれ共、死なれぬ事の目出度さよ、あら頭かたや候、〈主〉何の己頭かた〈二人〉真平免て被下い〳〵 〳〵 〳〵、〈主〉あのおほちやく者人たらし、どちへ行ぞ、人はないかとらへて呉い、やるまいぞ〳〵、