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日本山海名産図曾

堅魚行厨蒸乾制鯫鮑 釣舟お渚によせて、魚お砂上に拗り上れば、水郷の男女老少お分たず、皆桶又板一枚庖丁お持て呼ひ集り、桶の上に板お渡して俎とし、先魚の頭お切、腹お抜き、骨お除き、二枚におろしたるお、又二つに切りて、一尾お四片となすなり、骨腸は桶の中に落し入れて、是お雇人各々の得ものとして、別に賃お請ず、其腸お塩に漬酒盗として售るお徳用とするなり、又所によりて行厨お一里許他所に構へ、大俎お置て、両人向ひあわせ、頭お切り尾お携へて下げ切とす、手練甚だ早し、熊野辺皆然り、かくて形様お能程に造り、籠にならべ幾重もかさねて、大釜の沸湯に蒸して、下の籠より次第に取出し水に冷し、又小骨お去り、よく洗浄ひ、又長五尺許の底は竹簀の蒸籠にならべ、大抵三十日許乾し暴し、鮫おもつて又削作り、縄にて磨くお成就とす、脊節お上とし、腹節お次とす、脊は上へ反り、腹は直也、贋ものは鮪お用ひて甚腥し、〈乾かずにあめふれば、藁火おもつて籠の下より水気お去るなり、冷すに水お撰めり、故に土佐には清水といふ所の名水お用る故に、名産の第一とす、〉 或雲腹節の味劣るにはあらざれども、武家の音物とするに、腹節の名おいみて用ひられざる ゆへなり、