今昔物語

三十一

人見酔酒販婦所行語第卅二今昔、京に有ける人、知たる人の許に行けるに、馬より下て、其の門に入ける時に、其の門の向也ける旧き門の閉て人も不通ぬに、其の門の下に販婦の女、傍に売る物共入れたる平なる桶お置て臥せり、何にして臥たるぞと思て、打寄て見れば、此の女酒に吉く酔たる也けり、此く見置て、其の家に入て、暫く有て出て亦馬に乗らむと為る時に、此の販婦の女驚き覚たり、見れば驚くまヽに物お突に、其の物共入れたる桶に突き入れてけり、穴穢なと思て見る程に、其桶に鰭鮎の有けるに突懸けり、販婦錯しつと思て、匆て手お以て其の突懸たる物お鰭鮎にこそ齏たりけれ、此れお見るに穢しと雲へば愚也や、肝も違ひ心も迷ふ許思へければ、馬に急ぎ乗て、其の所お逃去にけり、此れお思ふに、鰭鮎本より然様だちたる物なれば、何にとも不見え、定めて其の鰭鮎売にけむに、人不食ぬ様不有じ、彼の見ける人、其後永く鰭鮎お不食ざりけり然様に売らむ鰭鮎おこそ不食ざらめ我許にて〓に見て鰭調せたるおさへにてなむ不食ざりける、其れのみにも非ず、知と知たる人にも此事お語て、鰭鮎な不食そとなむ制しける、亦物など食ふ所にても、鰭鮎お見ては、物狂はしきまで唾お吐てなむ立て逃ける、然れば市町に売る物も、販婦の売る物も、極て穢き也、此れに依て少も協たらむ人は、万の物おば目の前にして〓に調せたらむお、可食き也となむ語り伝へたるとや、