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風俗文選
六銘
飯鮓銘 〈吾仲〉飯鮓はいづれの時よりか、もてはやしけむ、此六条の銘物にはいへりけり、今はおほやけの奉りものにかぞふれば、下ざまの人は日お限りても待べし、まして卯の花の咲ころは、此ものヽけしきも清からんに、藤の花の咲時に、それら節おあはせたらん、いかなる人の深き心の侍りけむ、是にて二季(ふたき)草の名も、世の人はいふべし、器物は杉の香もてつけたる折に入て、此花おかざしにも又は文など付てもやるべし、かくこと〴〵しきやうなれど、すべて上ざまのもてあそびもの也、長良の鮎はむかしおしのぶより、梅津かつらの名にしられて、大津松本の旅人も、笠かたぶけずといふ事なし、かの茄子たけの子の鮓といへば、何のこけらにも似かよひて、あま法師のこがれものならんに、是は形のもてはなれたれば、人の得しらぬも猶なるべし、是に黄な粉といふものお、など添ては給はらぬぞと、ある人のいひたるお、飯ずし見るたびの笑ひ草にはいふなるべし、其銘にいはく、 以飯名鮓 鮓而非飯 一点鱧皮 十重鳥子 色於雪白 香非梅酸 藤花漸暗 橘香已近 貴介猶褒 下臈未知 昔〓和玉 似之是照