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擁書漫筆

豆腐記〈○白玉翁作〉はめでたき俳譜文也、その文にいはく、それ豆腐はわが形四角四面にして、威儀おたゞしく生れ、和にして人の交にきらはれず、その身は精進潔斎なれども、和光同塵の花鰹に交り、諸社の神前にては田楽お奏し、神慮おすゞしめ奉り、先春は桜どうふに、祇園林の花にいさませ、二軒茶屋にかんばしき匂おこめ、あけぼの、朧豆腐に歌人の心おいさめ、雉子焼の妻恋に、珍客の舌鼓おほろ〳〵とうたせ、和歌連俳の席に、月花に心およせ、一興の味に豆腐のいたらぬ所なし、そのかみ六弥太といへる、武士も岡部と名のり、風味にやはらぎ、寒夜には温飩どうふ、瓢箪酒に一夜おうごかし、唐土にては曹子建まめがらお焚、豆お煮たる間に、四句の詩おつくらせ、兄弟の不和お直し、朝夕貴家高儈の列につらなり、経文読誦の声お、布目ごとに聴聞し、身お油になして、斎非時の馳走お催し、南禅に入ては禅薬おして、葛だまりの衣お著し、旅人お教化し、仏縁お引導せしむ、かゝる重宝の知識お還俗させて、やつこどうふとは、さて〳〵むげなるうき世かな、