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今昔物語
三十一
竹取翁見付女児養語第卅三
今昔、 天皇の御代に一人の翁有けり、竹お取て籠お造て、要する人に与へて、其の功お取て世お渡けるに、翁籠お造らむが為に、篁に行き竹お切けるに、篁の中に一の光り、其の竹の節の中に三寸許なる人有り、翁此れお見て思はく、我れ年来竹取つるに、今此る物お見付たる事お喜て、片手には其の小人お取り、今片手に竹お荷て家に返一て、妻の嫗に、篁の中にして此る女児おこそ見付たれと雲ければ、嫗も喜で初は籠に入れて養けるに、三月許養けるに、例の人に成ぬ、其の児漸く長大になるまヽに、世に並無く端正にして、此の世の人とも不思えざりければ、翁嫗弥よ此れお悲び愛して傅ける間に、此の事世に聞え高く成てけり、而る間翁亦竹お取らむが為に篁に行ぬ、竹お取るに其の度は竹の中に金お見付たり、翁此れお取て家に返ぬ、然れば翁忽に豊に成ぬ、居所に宮殿楼閣お造て、其れに住み、種々の財庫倉に充てり、眷属衆多に成ぬ、亦此の児お儲てより後は、事に触れて思ふ様也、然れば弥よ愛て傅く事無限し、而る間其の時の諸の上達部殿上人、消息お遣て仮借しけるに、女更に不聞ざりければ、皆心お尽して雲せけるに、女初には空に鳴る雷お捕へて将来れ、其の時に会はむと雲けり、次には優曇花と雲ふ花有りけり、其れお取て持来れ、然らむ時に会むと雲けり、後には打ぬに鳴る鼓と雲ふ物有り、其れお取て得させたらむ折に、自ら聞えむなど雲て、不会ざりければ、仮借する人々、女の形の世に不似ず微妙かりけるに耽て、隻此く雲ふに随て難堪き事なれども、旧く物知たる人に、此等お可求き事お問ひ聞て、或は家お出て海辺に行き、或は世お棄て山の中に入り、此様にして求ける程に、或は命お亡し、或は不返来ぬ輩も有けり、而る間天皇此の女の有様お聞し食して、此の女世に並無く微妙しと聞く、我れ行て見て、実に端正の姿ならば、速に后にせむと思して、忽に大臣百官お引将て、彼の翁の家に行幸有けり、既に御まし著たるに、家の有様微妙なる事、王の宮に不異ず、女お召出るに、即ち参れり、天皇此れお見給に、実に世に可譬き者無く微妙かりければ、此れは我が后に成らむとて、人には不近付ざりけるなめりと、喜く思し食て、やがて具して宮に返て后に立てむと宣ふに、女の申さく、我れ后と成らむに、無限き喜び也と雲へども、実には己れ人には非ぬ身にて候ふ也と、天皇の宣く、女然れば何者ぞ、鬼か神かと、女の雲く、己れ鬼にも非ず、神にも非ず、但し己おば隻今空より人来て可迎き也、天皇速に返らせ給ひねと、天皇此れお聞給て、此は何に雲ふ事にか有らむ、隻今空より人来て可迎きに非ず、此れば隻我が雲ふ事お辞びむとて雲なめりと思給ける程に、暫許有て空より多の人来て、輿お持来て此の女お乗せて空に昇にけり、其迎に来れる人の姿、此の世の人に似ざりけり、其の時に天皇、実に此の女は隻人には無き者にこそ有けれと思して、宮に返り給にけり、其の後は天皇彼の女お見給けるに、実に世に不似ず、形ち有様微妙かりければ、常に思し出て破無く思しけれども、更に甲斐無くて止にけり、其の女遂に何者と知る事無し、亦翁の子に成る事も、何なる事にか有けむ、総べて不心得ぬ事となむ世の人思ける、此る希有の事なれば、此く語り伝へたるとや、