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北条五代記

八丈島渡海の事
むかし治承の比、俊寛僧都、康頼入道、丹波少将三人、鬼海が島へながされし事、古き文にみえたり、此島の男女の有様、髪おけづらずゆひもせず、つくものごとくかしらにつかね、いたヾき色黒く、眼ひかり、山田に立るかヾしに似たり、〈○中略〉一年江雪斎、八丈島仕置として、渡海の時節供して渡りたり、此島の事あらかじめ物語おば聞しかど、人の語の様にはよもあらじと思ひしに、女房色白く、髪ながふして黒し、形たぐひなふ、手爪はづれいとやさしく、かほばせ口つきあひ〳〵しく、上々の絹おかさね著て、立居ふるまひ尋常に、愛敬有てむつましさお一日見しより、扠も我此島に来り、かヽる美女にあふ事、いかなる神仏の御引あはせぞやと、我身おかへり見る、