[p.0049][p.0050]
遊京漫録

大洲の大男
さつき末つかた、都に有りしに、伊予の国より、世にめづらしき大男の来て、難波に族居するよしいひさわぐ事有り、是は伊予の国、大洲のえとりなりけるが、手のすぢおたがへてければ、難波にさるかたのいたづきつくろふ道にたへたるぬし有りければ、ふりはへのぼり来て、いたづきつくろふほど、とヾまれるなりけり、いつくにもめづらしきにうつる人心にて、此頃はたヾ大男おのみことぐさとしたりき、六月ついたち頃には、いたづきもいえにければ、京の六条の御堂にまうでながら、祇園会おもおがみまつらばやとて、難波よりのぼりくるよし、又いひさわぐに、五日には、彼大男のぼり来だり、けふは六条にまうづ、あすは北野になどいひて、某がしのさうしにいひけん鬼娘のやうに、辻大路お西東にはせ、南北にかける人おびたヾしく、らうがはしさいはんかたなかりき、されど鬼娘はうきたることなり、是はまことなりけり、しかおしごりて行く人の中お、たちまじりてあゆみくるものが、肩よりかみはあらはれて、遠目にもまぎれざりけり、年は廿七、たけの高さ七尺五寸、身の重さ三十八貫目ありとぞ、なり形よくとヽのほりて、すまひめきたるさまはなし、六条の御堂にまうでしおり、門主より米二俵給へりしお、左右の手に引きさげて、かしこまり申してしりぞきたりとか、力はかたちにはおとりたりとぞ、人々いひける、そは世の中のまじらひ、心にかなふ身なりせば、はやくすまひとなりて、今の世のほてともいはるべきお、力おいだしこヽろ見し事なきからに、おのづから出づべき力もいでぬなるべし、京にては、六条村といふに、えとりどもの住むところ有りて、そこにしばしおりき、日ごとに大男見にとて、六条村へと行く人、ぬのびきにつヾきたり、おのれ〈○清水浜臣〉も人にそヽのかされて、行き見しに、家いむね〳〵しきも有りて、村おさめく者の家に大男居たり、こヽかしこよりたまへりと見えて、衣服おはじめて、よろづの物うづ高くつみかさぬ紙に、その品々某殿よりなどヽかきて、うへにおしはりたり、さるたよりありてともなふ人と行きしかば、村おさけいめいして、かみくらにおのれおすえて、大男おともなひ出でたり、みづからかたりいふ、姉にて侍るものは、たけ八尺侍り、弟も七尺八寸侍り、おのれは中のおとりにて、実は七尺三寸侍るなりといふ、あかりしやうじのたてわたしたる、なげしのうへに扇おおきて、いながらに、手さしおよぼしてとるに、いとやすし、居たけの高さ思ひやるべし、又かたらふ、くちおしく、せんかたなきは、大路お行きかふお、見る人ごとにあなめづらしの大男や、たけたちのすぐれたるのみかは、みるめもいやしげなきお、えとりにだにあらざらましかばといふお、聞くたびに身の程のくやしくて、きえも入りぬべきこヽちし侍りといふ、げにさることなるべし、祇園会にも、人の家に入り居て、見ることはなしがたし、大路にたちては、かたへに見る人のおしこりて、鋒などのわたるに、所せければとて、七日の祭おば見ざりしお、うち〳〵にとかくのたまはすかたや有りけん、十四日のわたりおば、ある家のひさしのもとにかヾまり居て見しとぞ、内わたりにも、たれ聞えあげヽん、よそながら一目見まほしげにの給ふ女房たち、うへ人などやおはしけん、すべてかヽるものヽたぐひ、犬猫のいたづらになりたるお、とりすてにまいるありければ、その人数の中にまじりて、みかきのうちにも入りしとぞ、かヽるものヽ、世の人にまぎれて、こヽかしこにあそびうかるヽことも、しのびてはある事なれど、忍びあへぬべき姿ならねば、さるかたのたのしさは、たえてしらずして、水無月の廿日過ぎて、京おたち帰りにけり、