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宇治拾遺物語

これも今はむかし、比叡の山にちごありけり、僧たちよひのつれ〴〵に、いざかいもちいせむといひけるお、このちご心よせにきヽけり、さりとてしいださむおまちて、ねざらむもわろかりなむと思て、かた〳〵によりて、ねたるよしにて出くるお待けるに、すでにしいだしたるさまにて、ひしめきあひたり、このちごさだめておどろかさむずらむとまちいたるに、僧の物申さぶらはむ、おどろかせ給へといふお、うれしとはおもへども、たヾ一どにいらへむも待けるかともぞおもふとて、いま一こえよばれていらへむと念じてねたるほどにや、なおこしたてまつりそ、おさなき人はね入給にけりといふこえのしければ、あなわびしと思て、いま一どおこせかしとおもひねにきけば、ひし〳〵とだヾくひにくふおとのしければ、すべなくてむごの後にえいといらへたりければ、僧達わらふことかぎりなし、
これも今はむかし、い中のちごのひえの山へのぼりたりけるが、桜のめでたくさきたりけるに、風のはげしくふきけるおみて、このちごさめ〴〵となきけるおみて、僧のやはらよりて、などかうはなかせ給ふぞ、この花のちるおおしうおぼえさせ給か、桜ははかなき物にてかくほどなくうつろひ候なり、されどもさのみぞさぶらふとなぐさめければ、桜のちらむは、あながちにいかがせむくるしからず、我てヽの作たるたの花ちりて、実のいらざらむおもふがわびしきといひて、さくりあげてよヽとなきければ、うたてしやな、