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撰集抄

為頼歎老苦事
むかし為頼中納言の、内へ参り給ひて、年比むつましかりける人々の、おはする方へいでおはしけるほどに、いかなる事の侍りけるにや、若き殿上人たち中納言おうちみて、皆隠れ忍びたるさまに侍りければ、中納言うち涙ぐみて、
いづくにか身おばよせまし世の中に老おいとはぬ人しなければ、と読て、立かへり給ひにけり、涙のみおつるまでに思ひ給へる、よく思ひ入給へりけるにこそ実にとしたけぬれば、心もかはり、つぎ〳〵しくなるまヽに、人にはいとはるヽに侍り、不老門にのぞまねば、老おとヾむるにあたはず、誰も又おいおいとへば、扠は老ぬる身おば、いづくにかおかんと歎に侍り、されば老人は、老人お友としてこそ侍るべきに、それは又むつかしくて、若き友にまじらはほしき事に侍るなり、然れば是も老苦のかずにや入侍るべき、