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物類称呼
一/人倫
父ちヽ 大和にてあんのうと称す、播磨辺より西国にててヽらと雲、長崎にてちやんと雲、肥前佐賀にて別当といふ、越前にてのヽといふ、父おてヽと称し、とヽお呼ぶは、諸国の通称也、万葉及宇治、拾遺等に、てヽと見えたり、とヽは稗文に、爹爹とヽと書侍るもあれど、てヽといひ、とヽといふは、父の転語なるべし、又上総にて、祖母お崇めてのヽと称し、越前にて、父おのヽと呼は、極老の剃髪せしなどお、のヽといひならはしたる物ならん、小児に対して、如来お如々と略語し、如々転じてのヽとなりたる物か、但し古代よりの詞なる歟しらず、
母はヽ 西国にてかヽといふ、長崎にてあひいと雲、〈阿妣なるべしと雲説あり〉肥の佐賀にてはあうぼうと雲、〈阿母といふの転語にや〉出羽にてだヾといふ、
山崎垂加翁雲、俗人の母お称して、袋といふは、胞胎の義によると雲々、又母といひ、かヽといふは諸国の通称歟、京にて児童ははわさんと呼び、年長じては、母者人と称す、東国にてはかヽさんといふ、〈○中略〉父といひ、母とよぶは、もとより通称にして、それより転じたる詞も、国々多かるべし、