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三輪物語

むかし大和国に、宇多の太郎なにがしと雲者あり、文武有士なりければ、国の守親しくいひよりて婿とせり、継直出居のかたわらに、休所かまへて、かねて召仕べき者もあり、妻の住べき所は、奥にいりてあり、妻いたりて三箇夜の後、めのとだつ者めし出て、我今まで妻なき事は、思ふ所有故也、せばき家の内こそ、ひいなの様に、夫婦ならびいずしても協はぬ、我小身なれども、内外のへだて有、かヽる程の人は、夫婦賓主のごとくあるべし、互に用意なくては見ゆべからず、へだつとおもひ給ふな、妾などは主とすれば、おのづから常の用意あり、妻はさもなければ、なれすぎてたがひの心のおくも、かくれなきやうに成ては、互にうとむ心も出来なん、且我につたなき性有て、不仁無礼の心、かたちお悪む心有、とりわき不慈のいかり、不仁の事などあれば、世の中のけがれおいとふ様にて、思ひなおしがたし、気にぶくて、我身のあやまちおだにたヾしえざれば、まして人の悪おたヾす事もむづかしといひきかせて、物むづかしくては奥に不入、可入ときはかならずせうそこせり、妻のこヽろむづかしき時は、めのと出て不例のよしお伝ゆ、もし奥に不仁、奢りの事などあれば、其多少によりて、一旬、二旬、三旬もいたらず、おり〳〵せうそこのみあり、それと人の過おあらはしがほにはあらで、書に見かヽりてとなどいひ、あるは武事のはたすべき行ありてなどまぎらはすれど、心の鬼はしるべく、たしなみもてゆくほどに、あしき習ひなどは跡なくきへうせて、上らうしき心おきて作りいでぬ、此男道学武芸はいふに及ばず、歌の道絃管の遊びもいとよくて見るにあくべき人ならねば、妻もおなじく心に入てしなせり、生れ付すぐれたるにはあらねど、下地おほどかにて、上らうと作りなすべきには、あまる所ありければ、しなよくもてつけて、花の朝、月の夜などには、時にあひたるしらべ共にて、あらまほしきあはひに成けるとなん、